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山岳写真をやってみる

(wakkyの酔っ払い散文録 ver.2日目)
(写真山行は時間がかかる)

普通に歩くほかに、写真を撮る時間も必要ですから、自分が普通に歩くタイムの、最低でも 1.5倍程度はみておいた方がいいでしょう。僕の足でも花を撮り始めたらコースタイム通 りには歩けないです。

(トレーニングは欠かさない)

登山は、それ自体体力的に非常に過酷なスポーツです。山岳写真を志すということは、人並み に登山ができた上に、カメラをかついで、なおかつ山上でカメラを操るだけの体力がなくては いけません。隣で山をやっている人以上にトレーニングは欠かせませんし、体力がなければ続 きません。がんばって体力をつけるようにしないと、写真どころではなくなってしまいます。

(重量には神経質になろう)

荷物はとことんまで軽量化するべし、です。荷物が軽くないと写真を撮る気力も湧きません。 いやホントに、目の前で太陽が出ようとしてるのに、もういいやって気分になるんだよ。 写真って、目で見た高さがベストとは限らない。しゃがむこともあるし、はいずることもある。 30キロの荷物背負ってさ、1カット撮るのにはらばいになって、立ち上がるなんてこと、で きないよね。

(登山が優先なのか、写真が優先なのかよく考える)

山岳写真をやるにあたって、まず考えないといけないのは、登山が優先なのか、写真が優先 なのか、ということです。写真が優先の人は、充実の機材で臨んで、1つのポイントで2時 間3時間待つのは当たり前。下手すると1週間くらい泊り込みで1カット撮るのに2日も3 日も待っていたりする。山頂に立たない代わりに撮影好適地にはしっかり足を伸ばす、とい うような感じで、登山とは微妙に異なった行動パターンを取っています。一方で、僕ら登山 が優先の人は、機材はある程度絞って、普通に山頂に立つ中で、いい時間にはちゃんと三脚 を立てて写真を撮る。1時間くらい霧が晴れるのを待ったりはするけど狙った景色を撮るた めに同じ場所に3日も4日も留まったりはしない。
写真をやってみようと思ったときに、まず自分がどちらに属するのか、これははっきりさせ ておいた方が良いでしょう。

(山岳写真は、その場にいることが9割を決する)

風景、山岳写真というのは、その場にいなければ撮れません。どんなプロでも、その場にい かなければ写真は撮れないし、その場にいさえすれば、素人でもそれなりの写真が撮れる。 いい写真を撮ろうと思ったら、撮影ポイントの情報を仕入れるネットワークを作って、自分 の足で見て回って、そして、その場所へ足しげく通わなければなりません。時として空振り に終わって、ひどいときには3日山に入って1枚も写真が撮れなかった、なんてこともある のです。でも、それで諦めてはいけない。たまたま偶然出会うその一瞬のそのときに、その 場にいるために、通わなくては作品にはならないのです。

(人の写真を真剣に見よう)

やっぱり、いい写真を見ることは大事だと僕は思うのです。ヤマケイとか、はるか雲の上の ような技術と情熱をもった人が撮ったコンテストの写真なんかもありますけど、あれだけじゃ なくて、記事中の写真でも参考になるのがいっぱいあるし、たまには「ひでーな。俺の方が うまいぜ」みたいな写真もあったりしますけど、まず、これはいい、これはダメ、という、 自分の評価を確立しなければ、いい写真というものもできあがりません。その評価は人に よって違うでしょうし、そういう価値観は、写真を見ていかなければ養えないものと僕は 思っています。
絞りとかシャッター速度とかを解説した本は、いずれは出会わなければならないものです が、もっと、いい写真に対するイメージができあがった後でいいのではないかと僕は思うのです。

(写真とは、芸術である)

写真とは、芸術なのです。絵を描くことと同じで、描くには多少の技術は必要だけど、や はり最後にモノを言うのは技術ではなくて、撮影者の「感性」だと思うのです。これはど ういうことかというと、写真の技術や定石、というものを、まったく知らないでやみくも に撮ってもダメだけど、技術や定石というものに囚われすぎて、自分の写真を型どおりの ものにしようとしてはいけないと思うのです。あと、フォトコン(テスト)というのがあ るのですが、フォトコン受けする写真ってある程度傾向がある。審査員の好みまで研究し て、それに合わせて写真を撮っちゃう人もいるんですけど、芸術ってそういうものじゃな いでしょ。人に理解されようがされまいが、自分の信じるところに自分の芸術がある。だ から、自分の感性を磨いて、それを生かしたところに自分の写真が生まれる。自分の感性 を生かしきるための技術じゃないですか。もっと傲慢に自分を信じていいんだと僕は思い ます。

(人と同じ写真なんか撮るな)

まあ、いろいろな人が風景写真やってますから、定番のカットってのが、あるんですよ。 梓川と河童橋と、残雪の穂高連峰が入ったやつとかね。もちろん、そういうカットは、絵 になるから行けば僕も何枚かはカメラにおさめます。でも、それは真剣にそれを狙って撮 りに行くような写真じゃない。世の中のどこにでもある写真で、後だしで勝負したって負 けるのは明白なんです。写真は芸術だから、オリジナリティに価値がある。今は情報化の 時代だから、人と同じ写真なんか借りポジしてくればいいんですよ。再び車輪を発明する ような労力を払っている暇があったら、もっと自分にしか撮れない写真を撮ることに腐心 したほうがいい。富士山とかもそうなんだけど、精進湖にカメラが100台並ぶ。でも、 登山道へ10分わけいったところでは自分1人だけになれたりするんだ。そういうところ からオリジナルというものは生まれてくるのだと思う。人と違うことをやって、人と違う 写真を撮ることを信条にする。今あるものを追い求めるのは、ヤメにすべきである。

(カメラは必ず持ち歩く)

たとえばさ、地元の低山にでかける。まず被写体には恵まれないだろう、と思っても、カ メラを置いていくのはナシです。世の中何がおきるかわからないし、偶然の偶然にめずら しい被写体に出会えるかもしれない。行き帰りの交通事故の記録を撮ることになるかもし れないし、たまたまなんか犯人が目の前を通るかもしれない。カーブを抜けたら絶好の夕 日スポットがあるかもしれないし、電車をおりたらスナップ好適地があるかもしれない。 カメラがあれば何か写るけれども、持っていなければ写すことは絶対にできないのです。 どこでどんな被写体に出会えるかわからないのだから、一写真家はそれに備えて常にカメ ラを持っておくべきなのです。

(発表する場を作る)

撮った写真は、撮ったままにしておかず、必ず誰かに見せる。昔はフォトコンテストみた いなものしかなくて、あとはプリントして仲間内に配るような感じでしたけど、今はイン ターネットがあるから、友人に見せるのも、知らない人に見せるのも自由自在です。
人に見せるということは、人に見せるなりの写真を撮らなければならない。人に見せて、 恥ずかしい思いをしながら写真というものは上達していくのです。だから、ため込んで 自分で抱えているだけではダメで、人に見せる。発表する場を作らないといけないと思 うのです。ちゃんとしたものを撮らないといけない、というモチベーションを高めるこ とが、発表するということにあるのだと僕は思っています。

(楽しむことを忘れずに)

なんでも、楽しいことは継続できるし、続くものです。そして、いつか人生最高の傑作 に出会うことでしょう。写真をやっている人で、すごく辛そうにパラノイア的にやって いる人もいるのですが、写真とはそういうものじゃない。商売でやっているのではない のですから、苦しんだって仕方ないし、楽しまなければ損なのです。写真は楽しいもの だし、楽しいものだから貴方も写真の門をたたいたのでしょう。しっかり楽しんで、い い写真を撮りましょうよ。

(情熱を持ち続ける)

はじめた頃はとにかくシャッターを押せば満足したけれど、しばらく続けて、2年たち 3年たち、なんとなくマンネリでシャッターを押すとか、なんとなく飽きてきた、とい うような状況が、きっとくると思います。でも、山岳写真なんてものは、2年とか3年 とかの単位でようやく傑作に出会える代物。たとえば、紅葉なんかは当たり年があって、 ハズレ年があって、それもいい時期は3日くらいしかない。あちこち回っても当たり年 の当たり日に天気に恵まれてカメラを構えられる年が、2年や3年でやってくると思っ ている方が間違いなのです。はじめてその位で飽きていてはダメ。継続は力なのです。 情熱を持って続けていれば、かならず写真のウデは上達していきます。
しつこい位通い続けて、しつこい位本を読み返して、そういったところから、次の傑作 は生まれてくるのです。

(写真というのは、どこか「数うちゃあたる」的要素があるもの)

どこか数うちゃあたる、的な要素があるものなのです。写さなかったら写らない。写した ものは写るのです。写したものの中からいいものを選び出すわけですから、写せば写した だけ、選ぶときのモトが増えるわけです。
ということは、いい写真を撮りたいと思ったら、やっぱり一杯写さないといけないのです。 プロの人も、僕らとはレベルが違いますが、一杯撮って、その中からいいものを選び出す。 写したものが全部傑作だなんてことはありえない。
撮ったときにはイマイチかな、と思った作品も、あとで現像してよく見てみるといい味が 出ている、なんてことも良くある話なので、少しでもよさそうだと思ったら、躊躇せずに シャッターを押してみることです。

(少しだけ考えて、シャッターを押す)

ただ漫然とシャッターを押しているだけでは、写真は上達しないことでしょう。でも、少し 上達してくると、今度は「考えすぎでシャッターが押せない」状況がやってきます。構えて はみたけど、ああでもないこうでもないと逡巡して、結局撮らずにカメラをおろす。 写真というのは撮らなければ写らない。ある程度写真を選ぶためには、選べるだけの写真が なければいけないので、撮れない状況に陥るのは最悪なのです。
で、考えたのが、少しだけ考えてシャッターを押す。露出よし、構図よし、余計なもの写り こんでない。撮りますパシャッ。それで、良くなかったかなと思ったら次のコマでまた考え て撮ればいい。考える時間は3秒かもしれないし、3分かもしれないけれども、考えること と、撮ることのバランスを考えて、僕が編み出したのが、少しだけ考えて、シャッターを押 す、という法則です。

(心をひかれたものは、必ずカメラにおさめる)

登山道を歩いていて、心をひかれる景色があったら、それは必ずカメラにおさめるようにし ます。第一印象で心をひかれる景色には、必ず心をひかれる理由があるはずです。それは直 感かもしれないですが、心の奥底で、いい写真の芽を感じたからに違いありません。それが もし撮ってみてつまらないものだったとしても、後で見返したときに、必ず自分にとって思 い出になるはずです。作品だけが風景写真ではありません。そこで何かを感じたということ を後に残すことには必ず価値があるはずですし、こういうものが結構いい写真になったりす ることは多いと僕は感じています。

(傑作は毎回撮れないけど、1枚は及第点の写真を撮ってくるつもりででかける)

何もないようなところでも、探せば何かみつかると僕は信じています。傑作なんかそう何枚 も撮れるものでもないし、人を感動させるような写真は1年に1枚あればいい方、もしかし たら半生をかけて撮るものかもしれません。でも、そこそこ見られる写真はどこででも撮れ る、はず。その、執念と「探す目」が、次の写真のチカラをアップさせるのだと、僕は信じ ています。

(撮影時刻)

写真は光の芸術なので、ライティングによって印象が全然違います。で、風景の場合太陽し か光源がありませんから、太陽がどこにいるか=時刻というのが、非常に重要な意味合いを もってきます。朝夕は間違いなく写真に好適な時間ですので、朝夕の時間帯にどれだけ山に いられるか、が勝負を決します。ですから、できるだけ山には宿泊ででかけるのは勿論です が、撮影ポイント近くに宿泊できたり、もしくは時間に融通がきくテント泊もおすすめと思 います。朝手早く済ませられる食事とかも考えた方がいいかもしれませんし、明け方まだ暗 いうちに歩ける光量のあるヘッドライトなんかも用意した方がいいかもしれません。

(構図にはこだわりたい。まずは3分割構図を)

いい光を捉えても、構図が散漫だと強い写真にはならないと思います。風景写真ではライティ ングにこだわれない分、構図にこだわりたいところです。世の中にはいろいろな構図があり ますが、まずは構図に関する本を手に取って、実際よく使うことが多い3分割の構図を手中 にしたいものです。

(何を写したいのかはっきりさせる)
(写したいものを欲張り過ぎない)

自分が何を写したいのか、はっきりさせる。空がテーマなら画面の中で空を大きく取る。地 面側がテーマなら地面を大きく入れて空は大胆にカットする。あれもこれもと欲張って画面 の中に入れていくと、主題のはっきりしない散漫な写真しかできあがりません。構図やフレー ミングは、自分が何を撮りたいのかがはっきりすれば自ずと決まってくるものだと思います。

(意味のない空間は作らない)

画面は1つのキャンバスで写真はそこに絵を描いていく作業。キャンバスの中に空間を作る ときには、その空間は「意味のある空間」でなければなりません。ぐっと被写体に寄って、 空間を作るときには、そこに何らかの意図を織り込むようにして画面を作っていくようにし たいものです。

(写真にもっと奥行きを)

写真というのは1枚の平面ですけど、そこに写っているものに立体感があれば、奥行きがで てきます。たとえば、目の前の山を撮りたい。そのまま撮ると平面的だな、と思ったら、そ の前景になるものを探してみます。お花畑か何かが前景に広がれば最高ですけど、岩か何か でも奥行きを出すことは可能です。

(天気が悪いときは足元に被写体を探す)

山に入っていれば、どうしても天気が悪い日もあります。どうしても曇天のときはカメラを 上に向けてもパッとした写真になりません。そういうときは、足元に被写体を探してみるこ とです。雨でしか出会えない被写体もありますし、晴れのときには気づかなかったものもあ ると思います。そういうとき、強い味方になるのがマクロレンズ。風景をやる人は、マクロ レンズは2本目の常用レンズとして、できるだけ早く買い揃えることをおすすめします。

(たまたまの出会いも大事にする)

風景写真というのは、狙って撮りにいくこともありますけど、その場で「たまたま出会えた」 ものもまた多いと思うのです。今日は赤富士を狙いにきたけど、でもよくみまわしてみると いい花が足元に咲いていた。いい雲が隣の山にかかっていた。そういう出会いをちゃんと大 事にしてさ、そういうシーンもちゃんと撮ってあげるようにすることで、後から見て、そう いうときに撮った写真がいい写真だと思えることもあったりするわけさ。

(別の時間だとどうだろうか)

山の中を歩いていて、別の時間だとどんな光線具合になるだろうか、と考えてみます。この、 自分で考えたところが、自分だけの撮影スポットマップを作り上げたりするものです。ここ はいい写真が撮れそうだと思ったら、また日や時刻を改めて訪れてみる。そうやって、いつ か自分の写真というものに出会うのだと思います。

(出力結果が作品。出力結果を作るためには裏ワザも使う)

フィルムの時代は、撮ったときが最後で、あとからいじるのは非常に困難をともないました。 が、デジタルの時代になって、後から比較的調整が利くようになっています。たとえば、三 脚を持ってない。あと1段シャッター速度を稼げば写真になる。と思ったら、1段アンダー で撮影して、現像のときに1段増感してしまえばいい。夕日でホワイトバランスに悩んだら、 RAWで撮ってあとで調整してしまえばいい。僕はこれは許される調整だと思っています。 たまたまその場で望遠レンズを持っていなかったら、トリミングもありでしょう。
結局、プリンタから出てきたものが、僕はすべてだと思っているので、それがどこでどう調 整されたかは、僕は別にどうでもいいと思っているのです。




(道具について)

*カメラ

自分の足で担いで登るのですから、できるだけ軽いものが良いです。がんばっても、デジタ ル一眼レフカメラ1台+レンズ3本くらいまでにしておくのが賢明です。手ごろにはじめて みようと思ったら、手持ちのコンパクトデジカメでもそこそこの写真が撮れると思います。

僕がおすすめしたいのは、スポット測光ができるモデルです。夕日や朝日など、光線具合が いい具合になってくる頃に限って、評価測光はハズシてくれます。デジタルであれば液晶を 見ながら撮り直しができます(液晶で見てわからない位の誤差はあとでレタッチすることが 可能です)が、スポット測光でバシッと決められればそれに勝るものはないと思います。 また、風景写真は厳しい気象条件の中で撮影することもあります。できれば手袋をしたまま 操作できる、ボタンの大きめなカメラが好ましいと思います。

はじめて一眼レフカメラを購入される方は、レンズの縛りがありませんからどのメーカーを 選ぶことも可能ですが、あとあとのステップアップや、使いたいレンズが揃っているメーカー を選ぶのが無難です。特にキヤノンはトップシェアだけあってレンズの量も豊富です。ただ、 いいレンズを選ぼうと思うととんでもない値段なので、実際に買える範囲でいうと…そうい う意味でいうとペンタックスは比較的リーズナブルですが、レンズのラインナップはさびし い限り。山岳写真で必要なレンズは一通りはありますが、レンズ選びの醍醐味には乏しいメー カーかもしれません。


風景写真で使うカメラは、どうしても雪や雨にたたられたり、もしくは急激な温度変化など で露がついたりしますので、ホントウは防塵防滴の方がいい。でもそうなると一部の高額モ デルしか選択肢がなくなってしまうのもまた事実で…
具体的なモデル名を出しても四半期で時代は変わってしまいますが、2014年8月現在、僕はあまり本気で写真撮らない人にはOM-D E-M5、本気組にはEOS6D、ペンタックスK-5IIsと、ニコンD7100あたりをおすすめしています。ちょっと高い価格帯ですが、この4台は、風景に相当自信をもってお勧めできると思います。

あと、最近のデジタルカメラの中には手ぶれ補正という機能がついたカメラがあります。はっ きりいって、AE、AFの次にくる「いずれ全てのカメラに搭載されるかもしれない、必須 機能」の1つだと思ってもいいかもしれません。三脚を立てることを手間と思わない人は別 ですが、歩く時間も確保した中で、手持ちで写真を撮る。手早く撮影を済ませたい派の人は、 是が非でも手ぶれ補正つきのものを選びたいところです。レンズ内蔵の手ぶれ補正機能と、 ボディ内蔵のものがありますが、これはどちらを選んでも構わないと思います。

カメラは消耗品だと思ってください。アウトドアの過酷なフィールドで使いますから、外観 なんかあっという間に傷だらけになりますし、2年も使えば故障の1つは出て当たり前くら いの感じで考えておかないと、なんか退職金をつぎこんで一生モノと思って買った大切なカ メラなんだとか言い出すとあとで辛い思いをすることになるでしょう。30年前のカメラは 一生モノだったかもしれませんが、いまどきのデジタルものはあっという間に陳腐化します から、5年も使えば100万円のカメラでも値段は0になってしまいます。

*レンズ

今はズームレンズの画質が単焦点レンズを凌駕する場合もありますし、山の場合足元が限ら れます。また重量の都合上いっぱいレンズを持つこともできませんのでズームレンズが絶対 におすすめです。
1本目は16ミリ(銀塩でいうと24ミリ)〜70ミリ(銀塩で120ミリ)位までをカバー した、あまり重くない標準レンズがいいでしょう。山であれば、だいたいこれで事足りると 思います。
2本目は、100ミリ前後のマクロレンズです。これは花を撮るときに重宝しますし、とく に小さい花が多い高山植物を撮るには、これがないとどうしようもない場面もあります。

3本目は、100〜200ミリ位の望遠レンズですが、風景写真の場合あまり焦点距離の長 いレンズを使うことはないので、これは省略しても構わないと思います。持つ場合でも、自 分の背中で背負うことを考えて、あまり重過ぎないものを選ぶのが肝心と思います。


世の中には16〜300という、とんでもない倍率をカバーするレンズがあります。画質は 残念ながら劣りますが、すくなくとも2本分のレンズの役目を果たしてくれますから、自分 の背中と相談してこのようなレンズを選んで見るのもいいのではないかと思います。


カメラ雑誌を読んだり、もしくはカメラ仲間がいたりすると、周囲からいろいろな「雑音」 を吹き込まれると思うのです。みんな機材の話は好きだし、どこかゴルフに似て、いい機材 があればいい写真が撮れるんじゃないか、という、半分現実半分妄想みたいな雰囲気も漂っ ています。でも、山岳写真をやる人にとって、忘れてはいけないのは「機材は全部背中で背 負う」ということです。F2.8のズームがいいとか、やはり写真は単焦点とか、雑誌を読んで いるとそういう気分になるんですけど、でも実際にそういう機材を使って写真を撮っている 人は、下界で車に積んだカメラバッグを床にぺたんこって下ろして、そこから機材をとりあ げて撮影する。せいぜい車から300m位離れて、そこで撮影する。もしくは、それを持っ てくれるアシスタントがいたりする。山岳写真とはかけ離れた重量に寛容な世界なのです。
僕もそれこそ新品で買うと20万円もするようなレンズを4本も5本も持っていた時期もあ りましたが、結局みんな手放しています。山岳写真において、重さの縛りはとても大きいの です。

僕も山以外で、フラワーセンターとか江ノ島とか、近くの写真撮影スポットへでかけて写真 撮ったりしますけど、ある程度機材を吟味した上で、それでも20kg近くになることがあ ります。登山の装備はテント泊なら20kgは切らないでしょう。合計40kg。持ち上げ て、5分くらいは歩けるかもしれませんが、3日は歩けない。


もし、金銭的に余裕があるとすれば、1本目のレンズに高いものを奢ってみる。まだ重量が いけそうだとすれば、1本目2本目とは重ならない焦点距離の、自分のお気に入りの単焦点 レンズを1本買って、山行のたびに荷物の重さと相談しながら持っていくか持って行かない か決める。

それ以上はホントやめた方がいい。風景写真は、機材よりも、「その場所にいたか」が勝敗 を決するジャンルだから、機材を買うお金があるのなら1回でも多く出かけた方がいいのです。

*三脚

本格的に撮影をするのであれば、三脚は必須と思ってください。朝晩は10秒くらい露光さ せることも珍しくありませんし、花などは三脚がないと構図が決められないこともあります。 三脚にも重量があります。一般にカメラとレンズの重さ=三脚の重さ、と言われていますが、 山岳写真の場合そんなに望遠レンズを使うこともないですし、背中で背負うことを考えれば できるだけ軽くしたい。デジイチであれば、1kgもあれば十分です。但し、ローアングル ができない三脚だと、花撮りにはまったく無力になってしまいますのでローアングルができ るのは必須の機能と思います。
雲台は3ウェイの方が使いやすいですけど、やはり重量的にいって自由雲台を選ばざるを得 ないと僕は思っています。

日帰りででかける場合は、僕は三脚は省略することが多いです。森の中の明るさ程度でした ら、手ぶれ補正と感度調節で乗り切れることがほとんどだからです。

*PLフィルタ

いまどきのデジカメは夕日の赤味などはいくらでも画面で調整できてしまうので、あまりフィ ルタを持っていく必要はないです。風景写真を撮るのに、PLフィルタと、うーんもし持って いくとしてもFOGGYフィルタがあれば十分です。それから、水を撮るならND4フィルタくらい 持っていれば十分でしょう。

*予備のバッテリは必ず持っておきたい

いまどきのデジカメは電池が切れるとただの重しにしかなりませんので、電池の予備はやっ ぱり持っておきたいところです。

*そのほかの小物

ほかに山で撮影するのに、持っていた方がいい物は、まずですね、ブロア。これは撮像素子に ついたゴミを落とします。それから、不織布のクロス。あと、ケーブルスイッチと、簡単に ホワイトバランスを取ったり、撮像素子にゴミがついてないか確認したり、もしくはレフ板代わり に使うのに白い紙が一枚あったりすると便利かもしれません。
冬場は雪がかかってしまったりときに備えてタオルが1枚あったりすると重宝します。 霧が出ているようなときで、外気に晒すとカメラがぬれるような条件であれば、タオル1枚 かぶせるだけで結構撮影できたりするものです。でも、このような条件だと、できれば防塵 防滴のカメラが欲しいところです。

*カメラをどこにしまうか

僕は散々悩みました。カメラザックというのが世の中にあって、風景派の人はけっこう使っ ているのですが、でもカメラが背中にあると、カメラを出すたびにザックをおろさないとい けない。で、悩んだあげく、トップロードズームというカメラをおなかにかかえるタイプの バッグにたどりつきました。
http://www.hakubaphoto.co.jp/lowepro/product/proficionado/toploading.html
僕はいちばんでっかいのにレンズケースを2つもくくりつけているんですけど、普通の人で あればトップロードズーム2のサイズがあれば十分な筈です。足元がちょっと見にくくなる ので険しい山岳では使いづらいですが、いちおう両手とストックで歩ける範囲であれば、さ ほど不自由はないでしょう。

*デジタルか、銀塩か

どちらにするかは個人の趣味ですけど、もう銀塩は新しいカメラは出ない。これはほぼ確定。 8ミリの様子を見ると、僕の予想では、量販店の店頭でフィルムが手に入るのは、2020年く らいまで。一般ルートで現像ができるのも、この頃がもしかしたら最後かもしれないと思っ ています。

2006年現在で、フィルム現像が最盛期の9割減、と、僕はちょこっと話を聞いたことがあり ます。こうなると、小さい店舗には集配ができなくなってしまいます。集配ができない、と いうことは、物が入ったときだけ電話してきてもらうか、取次ぎ自体をやめてしまうか、と いうことで…大きいカメラ屋さんだけがフィルム現像を続ける時代がそこまできていて、そ れも現像機自体がなくなってしまうと終了。8ミリは、フィルム現像と、フィルム現像の取 次店というインフラがあったから長く存続したけれど、今度はフィルム自体だから、インフ ラ自体が存続するかどうか、ということになります。

これを踏まえた上で銀塩を選ばれるのは、その人の自由なのですが、でも僕の口からは、こ れから新たに銀塩で山岳写真をやるのは、おすすめできないよ、とだけは言っておきます。 特にこのページを見ている人は、パソコンも持っているでしょうし、およそデジタルの画像 データを扱える多少の技術や環境は整っていることでしょう。

画質に関しては、若干の特性の違いはあれど、今はデジタルもフィルムもほとんど違いはな いと言ってしまっていいと思います。特にネガからL版くらいに焼くような用途ですと、今 はお店のプリンタがデジタル化していますから、フィルムでもデジタルっぽい仕上がりになっ てしまいます。リバーサルフィルムを使う、手焼きで焼いてもらう、などといった手間をか けなければ、フィルムならではの味というものは、もう出てこないのです。

そういう僕は、まだしばらく銀塩を続けようと思っています。僕は、銀塩の最後を看取るつ もりでいます。でも新しい投資はしない。今のカメラが修理不能になったら、それが僕の銀 塩最後の日です。

(2007.1.31)
(2013.6.25更新)

(2015.5.7 13:39)(by script)




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