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ほどほどのところでやっとけ

僕自身のことはさておいて、僕は、他人には、山はほどほどのところでやって おけ、と言うことにしています。

僕らの回りでも、登山1,2年生の人で、今年は冬山やって、で、沢とか岩… という人が何人かいます。僕はそれを別にとめようとも思わないし、とめる根 拠もないですけど、でも、一応声だけはかけておくようにします。

山は、ほどほどのところでやっておくのがいい、とね。


僕自身にも、岩とか沢とかやってた時期もありました。1年か、1年半くらい だったでしょうかねえ。岩では事故はなかったですけど、3回か4回か沢へ入っ て、その間に3回ほど滑落事故を見ています。2回は1mか2m位の落下で無傷。 1回は5m位で軽症。事故といえないような小さな事故ですけど、これで自分 がやってることの危険性を認識した感があります。大病から生還したのを契機 に、沢からはすっぱり足を洗いました。岩は沢に登るための手段だったので、 岩からも手をひいています。

長く山をやっていれば、ステップアップはあるでしょう。丘のような山とも呼べ ない場所を登って満足していた人が、奥多摩か丹沢かの立派な山に足を伸ばし、 そのうち南北のアルプスを縦走するようになることでしょう。で、冬山をはじめ て、藪をこいで、海外へも、できることならヒマラヤの高峰に足跡。

でも、先鋭的な登山をすればするほど、山という場所は、本当に、僕なんか及び もつかないようなベテランでさえ死んでしまうのです。ずっと、8年間山という ものを見つめていて、直接の知り合いではないけれども、あ、あの人も死んだん だ、という人は何人かいます。先鋭的な登山をする人は、遅かれ早かれ山で死ぬ ことになると、僕はそう感じています。

確かに、実際の事故は、登山道でのつまづきや、ちょっとした転落といったケー スが多いでしょう。でも、この類は、普段のトレーニングや、技術的裏づけなど で相当な部分が防げると僕は確信を持っています。しかしながら、先鋭的登山で 死んでいく人は、力量も万全。体力も技術も装備もそろっていた。それでも、人 知の及ばない自然というものの強さに巻き込まれて命を落とす。

山は、単に難易度の違いで優劣がつくような世界でもないし、易から難へという 世界の広がりをする趣味でもないだろう。山語りを追ってみるのも、1つの山に こだわってみるのも、果てしない山の世界の広がりの一部である。危険な登山を 指向していくことが、唯一の経験値の指標ではないはずで、もっとその人なりの 多様な経験値の指標があってもいいはずだ。僕は、その世界に、写真というもの をくっつけた。多分今後もさほど難しい山を指向せずに、その代わりファインダ を通して、もっと素敵な山をみつめていくことになるだろう。


山で死んでしまったら何もならない。山は命をかけるほどの代物ではないし、多 様な趣味の1つでしかない。「ほどほどのところ」がどの位かは人によって違う だろうが、死なない程度にほどほどにやっとけ、というのが僕の持論である。

(2015.5.7 13:39)(by script)




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