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どこまでが登山道でどこまでが車道なのか

僕らは車ででかけるわけなので、どこかに車をおいて、そこから 歩き始めるわけだ。歩く場所を登山道、車で行く場所を車道だと して、では、どこからが登山道なのか、ということを考えたい。 何のことかというと、「どこまで車を乗入れるべきか」の話であ る。

僕はいろんな車道をを歩いたが、やはり「通常車での進入が許 可されている舗装道路」は、やはり車道だろうと思う。「普通車で 入れて、奥に駐車場がある未舗装道路」も、車道だろう。だが、 そうでない場所はどうだろう。

いわゆる、特殊な車=SUVでしか入れなくて、普通の登山者は 歩くところまで、車道だと言えるだろうか。


僕は、こういった林道を車ではいることに対して、このように発 言している。

>普通は徒歩で歩く林道を登山者を蹴散らして山の一番奥深いところま >でいかないと気が済まないのであれば話は別だが


いざというときにJAFが入ってくれないような道路は、僕は車 道としては認めがたいと思うのだ。


具体的に、栗原川林道は、僕は公平に見て車道だと思うんだよね。 だけど、たとえば、美濃戸−美濃戸口間は、僕は微妙な立ち位置 だと思うのだ。とくに冬場は、あの林道、やっぱり歩く方が潔い ような気がするのだ。
まして、通常車での進入が許可されないところなら、なおさらのこ とであろう。

登山において、車はバスかタクシーの代用品と考えれば、バスか タクシー以上の走破性は必要ないと思う。その走破性を、登山者 を蹴散らすために使うのは、僕はおかしいと思うのだ。

歩きにきたのだから、走破性を駆使して山の懐の一番深いところ までいくのではなく、通常歩く場所は歩いた方がいいのではない かと言っているのである。

(2013.4.14)

易老渡からの光岳はズル光ですねわかります。ズル金もズル谷も、 言う側に何か邪な心があるような気がします。卑怯な手を使って 百名山登るんじゃねえ、みたいな。僕は別に各々の力量にあわせ て好きな登山口を選べばいいと思っている。だけど、百名山やり ました、と公言する人は、どこの登山口を使ったか審査して、そ の真摯度を判断するよ。
僕は白馬は畑薙から歩いているんだけど、ある程度真摯に山と対 峙した記録がない百名山は評価しようと思わない。だって、僕完 登しているんだもん。僕より真摯に取り組んだ百名山は評価され るべきだし、僕より端折って登られた百名山は評価されないべきだ。

最短ルートの登山口を選ぶことと、公正に見て登山道と考えられ る場所にまで車を入れることは、僕は本質的に違うと思うんです。 前者は登山の自由な楽しみ方で別に好きにすればいいと思うんだ けど、後者は自然や登山に対する冒涜みたいなものだと思うんですよ。

(2015.5.7 13:11)(by script)




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