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上高地から横尾の間が苦痛

mixiで、「上高地から横尾の間がものすごく苦痛」とかつぶやいているのがいた。

なんかうまい文章にまとまらないが、

僕、ある尾瀬の本を読んでからというもの、戸倉から鳩待峠までバス に乗るのが、すごくもったいないことのような気がするんですよ。東京 電力はあの森を立ち入り禁止にしているんだけど、あの間のクロベの 森というのはものすごく特異性があって、自然学的に興味深いものが ある。だけど、僕ら一般の人間は、あの間の森というものを見ることが できない。

たぶん、この人には、そういう感覚はないんだろうね。

上高地から横尾の間も、戸倉と鳩待峠の間ほどではないにせよ、か なりみどころがあると思うんだ。植生が遷移してきているからいろいろ な木が見られるし、明神とかも写真に撮るとかっこいいじゃないですか。

だけど、そういうことって、多分、山頂に立って、せいぜいまわりが360 度ひらけていれば満足で、歩くのは山頂に立つための手段でしかない 人にとっては、多分苦痛でしかないんだと思う。

でもさ、そういう登山って貧弱だと思いませんか?

おそらくだよ、この人は山頂まで早くいけることを至上としているのだと 思う。いけるところまでは公共交通機関でいきたい。それがこの言葉を 生んだのだと思うけど、

登山というものにとって、山頂というのは神聖な場所であり尊重されな ければならない。だけど、山頂だけが神聖で過程がどうでもいいわけで はない。

じゃあ僕は大正池でおりて歩くのか、というと、まあそんなことはないで すけど、だけど、冬場は釜トンを歩いて上高地へ行くわけだし、僕、しょー もないところをけっこうあっちこっち歩いているんだよね。それに、美濃戸 口−美濃戸くらいは歩きますよ。


僕はこの言葉に、ハンターとしての百名山漁り屋さんと、同じ香りを感じ たんだ。山頂に立てれば、過程はどうでもいいむしろ苦痛だと。


だったら、行かなきゃいいじゃないですか。

(2011.10.10)

(2015.5.7 13:11)(by script)




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