サイトマップ | 更新停止のご案内 | このサイトについて

   

山というもの

思うに、山というのは理解に時間がかかるもので、僕が山をはじめた頃に登っ た山が僕にとって大きな地位を占めているか、というと、やはりそれは否定 せざるを得ない。ただ、一時期、わかりやすい指標を頼りにがむしゃらに登 ることで、自分なりの山岳観が身につく。その後が本当の登山の旨味ではな いか。

僕が登山をはじめたのは社会人になってからだから、本当の自分の登山がで きるようになった頃には体力もピークをこえ、社会的にも責任を負う立場に もなっている。血肉になった自分の登山というものを、存分に振るうことは もう難しいのだと思う。

まだ体力的にも未熟なうちに、「払わなければならない必要な無駄」を払え ることというのはおそらくは幸せであり不幸でもあると思います。

僕や、おそらくここにいる大多数の人は、難のみをもって山を選んではいな いと思う。ただ、山に身をおくことで、わずかばかりの緊張と、多くのやす らぎを手にするわけで、それはいまどきの登山のマジョリティではあっても、 それが登山のすべてではないはずです。
ただ、僕らはあの高みでロシアンルーレットをすることは由としなかった。

同年代の人からもあきれられる位とことんやらなければ気がすまなかった僕 の性格から言えば、僕が10代の、前半あたりから山をやっていたとしたら 恐らく僕が今生きていることはなかったろうな、と僕は思ってます。幸か不 幸か、そういった山をやるには体力も地位も許さなくなってしまった。


登山というのは多分に自己責任によるものだから、僕は普段山をやらない人 に薦めたりは、あまりしようとは思っていません。今後登山をするのかしな いのか、あるいはどんな山を志向するのか。他人が決める権利もないし、自 分が自分のために考えなければいけないことです。

これから山をやっていこうという若い人に僕が伝えたい3つの言葉。

1つには、
将来どんな山をやりたくなっても、十分通用する確かな技術を身につけること

1つには、
登山にとって山頂は特別な場所であり、山頂を踏まない登山を由としないこと

1つには、
登れるうちに焦ってでも登っておくこと

(2003.5.14)

(2015.5.7 13:11)(by script)




更新)


mixiチェック

mailto:mailaddress

tozan.net - http://tozan.net