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山ヤの成長記録1

僕が最初に登った山は、箱根の金時山でした。その当時思ったのは、丹沢のよ うな本格的な登山は、一生やらないで以下云々。僕の山行記録をちらっとでも 見られた方ならずっこけるような話ですが、これは本当です。もう、これ以上 頑張ったり、競争したりしたくなかった。もううんざりだったのです。

芦ノ湖から歩いて登った金時山は、実に遠かったのを覚えています。そして、 午後2時頃到着した山頂。かき氷を食べたような記憶があります が、あの当時はしっかりした記録をつけていなかった(自分ではつけていたつ もりだったのですが、山のイロハのわからない僕には、つけた記録というより も山の紹介に近いような、短くかつポイントを外した文章にしかなっていませ ん)ので、今となってはわからないことです。

そして、山頂で、火器を使っておいしそうなものを作っている人を見て、翌日、 オートキャンプ用の安い火器を買いに行った記憶があります。当時は、まった く本格的な山をやるつもりではなかったので、適当な装備で十分だと思ってい たのです。

2週にわたってのんびり箱根歩きをした翌週。顕著なピークを踏みたくなって、 丹沢へ行くことにしました。西丹沢から桧洞丸への登山。途中で休憩したとこ ろで、いかにも山慣れした人と一緒に山座同定をしたこと。その距離の長さに 喘ぎながらゴーラ沢へ出たときの感動。バイケイソウやツツジ。さほどでもな かった山頂。そして降りた沢筋の道。雨具を買った時期は定かではないが、こ のあたりだったと思う。

翌週からは表丹沢に舞台が移る。早速この週は雨となり、はじめての雨具。花 立まで行っていたのだが雨が降り始めた時点でそのまま下山してきた。 この頃から重り(水)を背負っているが、もうこのときには天泊を見据えてい る。丹沢山への日帰りを敢行するなど、今考えると若かったかな、という印象 もあるが、山行ごとに強くなった時期だったといえる。この翌々週には三点支 持をテーマに縦走。

山をはじめて2ヶ月。海の日に北八つではじめての天泊をしている。ロバーツ の羽毛シュラフとロウアルパインの70Lザックはこのときすでに持っていた。

この2ヶ月後、会社を退社すると同時に槍ヶ岳と奥穂高岳で3泊4日の天泊縦走。 3日後には北岳にもチャレンジするが敗退。このときにはビバーク地を探しな がら、などという状況だったので、もうこの頃には夏山技術はある程度の水準 に達していたことは間違いない。少なくとも、いけるか敗退にするか、という 微妙な判断を下して、安全に戻ってきたことだけは間違いない。

この年は、翌10月の谷川岳で記録が終わっている。魔の山谷川岳に登ってお くことは、僕にとっては登山の1つの通過点だったのだ。


(2015.5.7 13:11)(by script)




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